プロフィール

皆さん初めまして☆masaと申します!

今回初めてブログを公開するので、まずは自己紹介とバドミントン経歴を

紹介させていただきたいと思います。

masaの生い立ち

高知県生まれ。3人兄弟の末っ子。

左利き。
得意なショットはカット。ヘアピン。
ラケットはヨネックス カーボネックス35

小学生の頃はサッカー部に入り、練習に明け暮れました。

しかし、あまり上手ではなく、左利きということで
何とか試合に出させていただけるレベル。

だんだんと、サッカー特有の強引な当たりや、人間模様に
違和感を覚えます。

チーム内でも罵声が飛び交い、けなしあったりするのが
どうしても耐え切れませんでした。

サッカーとゆうスポーツはとても大好きでしたが、
競技としての適性はあってなかったと思います。

そんな中、チームが他チームと合併をすることになり、
その時運命の出会いがありました。

合併チームにバドミントンをやっている子がいて、
対戦することになったのです。
後になってわかったことは、彼は県チャンピオンだったのです!

そんなことも知らず、僕は勝てると思って対戦しましたが、
結果は言うまでもなくボコボコ。

しかし、そこには悔しいというよりも、面白いっていう思いが
強かったです。
なんだろう?負けたのに自分の中からエネルギーがわいてきた
感じ。
サッカーをしているときも確かに楽しいけど、
どこか自分自身を出し切れていない。

でも、バドミントンをしているときは生き生きしてて、
無我夢中でシャトルを追いかけられる!

その後、彼の通っているバドミントン教室に通うことにした。

バドミントンの歴史

始めて出た試合が小学校6年生の時。10月10日。
シングルスとダブルスにでた。

シングルスは予選のリーグ戦で、2連敗。
負けて落ち込んでいた僕に、母から次の子に勝てば
ラケットを買ってあげるという約束が!!
僕はその時、今までにないくらい勝ちたい気持ちになった。

そして、そのリーグで一番強い相手に勝つことができた!
そして、この相手が後に高校のチームメイトで親友になる。

中学時代。背が低すぎ、体力、筋力なさすぎ

中学に入り、1年生レギュラーを取れた。
といっても強くない中学だったから必然的に出れただけ。

とはいえ、僕の身長は130cmしかなかった。
女子よりもはるかに低く、パワーが本当になかった。
サッカー時代も、タックルすると僕が飛ばされるという、
なんとも情けない体系だった。

コートネットがすごく高くて、スマッシュかドライブかわからなかった。
それでも人一倍勝ちたい、強くなりたいという気持ちは強かった。

だが、学年別で3位に入ってから、その後は2回戦負けが多かった。
圧倒的にフィジカルが弱い。けど
戦術やよみが他の人より優れているのではないかと気づきだす。

その甲斐あって、3年生の時の最後の試合で3位まで行くことができた。
しかし、身長は相変わらずの150センチくらいのおチビちゃんだった。

運命が変わった高校時代

高校でもバドミントンをしたかったし、優勝したいという思いは
漠然とあった。けど、どうしたら優勝できるのかわからないし、、
第一、優勝なんて口に出すことなんておこがましいと思っていた。

けど、勝ちたい。なら、一番強い学校に行けば優勝できる可能性が
あるのではないか!
そのひらめきだけで、県で一番強い高校に入学することができた。

だが、ここからが地獄のような生活だった。
僕が想像していた10倍くらい練習がきつい。
アップがトレーニングのようにきつい。
アップで疲れ切っていた。
しかも、中学時代トップクラスの選手しかいない為、
すごくレベルが高い。

必死に食らいつくのが精いっぱいだった。
唯一の同士は小学校の時に初めて勝ったあいつだった。

校内のゲーム練習が県大会の決勝戦だった。
それくらいレベルが高い。
審判をしていて、ミスジャッジをしたときには怒られる。
怖くて怖くて毎日がいっぱいいっぱいだった。
けど、やめたいとは思わなかった。

このあたりから、身長が急激に伸び始めて、成長痛で膝がすごく痛くなった。
自分のレベルも上がっているのが感じれる。
先輩たちには勝てないが、ラリーができるくらいまでには
上達してる。

2年生になると、重要なポジションを任される。
ダブルスのパートナーに選ばれた。
その年のインターハイに出場。
あっさりと夢が叶ってしまった。
だが、団体戦なので、個人で出たいという気持ちが芽生えた。

その後、スランプに追い散る。
一切勝てなくなった。初めてバドミントンを辞めたいと思った。
その時に顧問の先生が、言った一言で僕はスランプを抜けることができた。

「スランプは強いやつしかやってこない。」
「お前は強い。」

この先生のおかげで僕は
二年の秋にシングルス優勝、三年の夏にダブルスで優勝した。
見事、個人戦でインターハイに出ることができた。

バドミントンから離れる

僕の中でインターハイに出たことで、夢が叶った。
1回戦負けだったが、満足だった。
燃え尽き症候群ていうのも経験して、先生の勧めを
押切り大学には行かなかった。
というより、またあのしんどい練習を大学に
いってまでやりたいと思えなかった。

大好きな車の世界へ

専門学校に進学、自動車整備士の資格を取り
某ディーラーに就職するもブラック企業の為退社。
自動車業界を転々とし、初めて挫折を味わう。

そんな僕を救ってくれたのがバドミントンだった。
すごく気持ちが楽になった。

先生に言われたことを思い出した。

高知県のレベルを上げるために、後輩たちに教えてあげてくれ。
その言葉が胸に刺さり、今は、中学生数名をコーチングしている。

その子たちの頑張りもあり、コーチング前は2回戦負けの子たちが
今ではベスト8に入るようになった。来年の県大会で優勝できるだろう。

そして、現在、前から興味のあった心理学を学ぶ中で、
バドミントンに活かすことができると考えている。
その結果が中学生たちにも表れているので、

これから、このブログを通して発信していきたいと思っています。

長くなりましたが、これからどうぞ、よろしくお願いします。

masaでした☆

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